当たり前を疑え!価値観って様々さ♪
こんにちは。
さて、前回の記事にて、うつ病になったぴよたまのストレス解消法とその効果。そして、今後やってみたいことについてご紹介をさせて頂きました。
tama-physical-remodeling.hatenablog.com
恐らく、現在大きなお悩みをお抱えの方やうつなどの苦しみの渦中におられる方は、何を暢気なことを!そんなことで、解決できると考えていること自体に腹が立つと感じるかも知れません。
というより、僕自身が苦しみのどん底にいる時にこんなことを聞いたら確実にそのように思います…
今回の記事は、そのようにお感じになられたみなさまに向けたものになります。
無い頭・知恵を振り絞り僕なりに魂を込めて執筆しました。
楽になると軽々しくは言えませんが、少しでも参考にしていただけますと幸いです。
(本記事は、いまだ価値観・軸が揺れる僕自身にも言い聞かせております💦)
(少し長いですが)、どうぞ最後までお付き合い下さい。
自己啓発本とかでもよく聞く僕らの常識
今の世の中って将来に役に立つことだけに時間をかけるようにとか言われていますよね。どこまでも効率を考えて動くようにとアドバイスがされていると思います。
そんでもって、もっとひどくなると、付き合う人も選べということまで言い出します。付き合う人をみれば、その人の年収が分かるとか聞いたことあります💦
付き合う人はよく選べ、マジ時間ねーぞ。みたいな感じです。
価値観って様々♪
ところで、今のご時世みんな忙しすぎです。
今、ここを生きている人って誰もいなくないですか?
例えば、テーマパークなどに遊びに行っても、頭の中はどこか遠くに飛び出してます。
僕は恐ろしいんです。このように今を置いてけぼりにした生活の中で自分自身が気づかないうちに、時間の過ごし方に対して優劣というレッテル付けをはじめていることが。。。
如何でしょうか?家でゴロゴロしてばかりいる人よりも、彼女とデートする人の方が優れているとか思ってませんか?ゲーセンで遊ぶのは価値がなくて、勉強することには価値があるとか思ってませんか?それってもの凄く危ない考えですよ。
知らず知らずに流されていることに気づいてますか?
本来、色々な価値観があるんです。もちろん、時の過ごし方に優劣を決める考えというのもあっていいです。ですが、それは数多くの価値観の中の一つに過ぎません。
少なくとも、その価値観が中心で、且つ、優れているという話にはなりません。
つまり、どんな風に過ごしても、誰と付き合おうと、一人でいようと、どのように生きたとしてもどれも価値がある尊い生き方なんです。優劣なんて全くないんです。
家でゴロゴロすることに人生の全てを注いだっていいんです。
というかそんな人がいたら、むしろ逆にカッコよくないですか?!(笑)
啓発本などで、こうしろ、ああしろなんて偉そうに指図する人ってヤバくないですか?自分を疑わない態度ってなんだか恐いです…。
意識や考えを広げてくれる話は非常に参考になりますが、これ間違いないから従え系の話は、僕にはとてもツマラナイです(笑)
僕が付き合いたい人とか僕の人生の中身は自分で決めますわ!!(笑)
啓発本や偉い人なんかに決めさせませんよ。
成功しているかもしれないけど、それは所詮あなたの価値観。上から押し付けるなって思います(笑)
本当にそのままでいいですか?
読者の方の中には、耳の痛い方もおられるかも知れませんが、敢えて言わせてください。
競争社会の中で、将来の不安に駆られて走り続けるのにもいつか限界がきます。
逆に限界がこなくて、なんとか騙しだまし毎日をやり過ごせたとしましょう。
そして、人生のほぼ全てを競争社会の中での闘いに捧げた場合、あなたは自分の人生に納得ができますか?
僕は、パワハラのような仕打ちを受けました。
それで、うつ病になり社会的地位を失いました。それはそれは気が狂うほどに悔しく、悲しかったです。
もしも、その上司がいなければ、定年まで騙しだまし社会の中で生きて行けたかもしれません。
ですが、そうなる前のまだそこそこ若い今のタイミングでこの大切なことに気が付けてラッキーだったと思っています。
負け惜しみに聞こえるかもしれませんが本当なんです!
もちろん、競争社会で思いっきり闘い、出世や、名誉獲得、大金持ちになりたいという思いが自分の中から自然に沸き起こってワクワクしている方はそれを目指せばいいんです。それも、とっても素敵な生き方だと思います。
そんな人は、どんなに苦しくても心を病んだりはしないと思います。
イスラームの時間に対する価値観
長くなってまいりましたが、最後に、イスラーム教【時間の概念】についての面白い豆知識をご紹介します♪
世界中、大部分の文化は時間を二分割してとらえます。仕事の時間と遊びの時間の2種類です。
ところが、イスラームでは、第三の時間の概念があるそうです。
仕事の時間を「ジョグル」、遊びの時間を「ラアブ」と呼び、さらに第三の時間を「ラーハ」と呼びます。そして、イスラームでは、このラーハが人生で最も大切な時間と考えられています。
ラーハは日本語に訳すことが出来ない概念ですが、むりやり説明をすると、
ぼんやりしたり、だらだら過ごしたり、神のことを考えたり、瞑想したりする
時間のようです。
だらだらしている方が、立派にみられたりする( ´∀` )
僕らの価値観からすると理解しにくい価値観ですね。
このような価値観の人から、かつて日本人はエコノミックアニマルと揶揄されました。仕事ばかりしていて、わずかな休みは必死になって遊んでいる姿がそのように見えたんですね。
(若手のイケイケ社長が言いそうな、よく働き、よく遊べ、休むな!なんていう価値観とはまるっきり違いますね~)
個人的には、この「ラーハ」の価値観、凄く素敵だと思います。僕らの常識を超越した価値観。前回、宗教関連の記事でお話ししたように日本人は他国の価値観や文化を受け入れる懐の深さが強み。このような価値観はものが溢れかえって心が渇いた現代に取り入れるべき良き文化なのではと思うのです。
最後に
今回の記事では、僕らの生活のせわしなさが生み出す僕を苦しめた価値観について私見をお伝えさせて頂きました。このような考えのもと、のんびりとゆっくりと自分のやりたいこと(前回の記事で述べたようなこと)をやりたいと思うのです。
がんじがらめになっている方は中々受け入れられないかもしれません。
人生に、しなければいけないことなんて究極的にはなんもないです。
あなたがしたいことだけをやればいいんです。
(だって、どうせみんな〇にますから…)
しかし、反論があるでしょうが、しなければいけないことをむりにでも作ってそれをやる方がはるかに楽です。
したいことをやって生きると決める方がよほど恐いし、不安になります。
もの凄く罪悪感があったり、不安になり勇気が必要です。
こんなことをしてる場合じゃないという思いに支配されます。
ですが、過去の延長ではなんの変化も起きません。
過去と今が同じならば、当然未来でも同じことが起こり続けます。
全く新しい、未知の道を歩きだす覚悟を持った瞬間に全てが変わります。
偉そうなことを言っていますが、それだけ僕は苦しみましたよ。
過去を捨てて、変わらなければ生きていけないところまで追いつめられて、新しい道を進みだしたら、光が見えてきたんです。
少し強めに私見をお伝えしましたので、不快に思う箇所があったかも知れません。
しかし、僕は、自分の思い・考えしかお伝えできません。
僕の記事をきっかけに、何かを感じ取り、考えるきっかけになったら、もの凄く嬉しいです。
最後までご覧くださり、ありがとうございました。
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